「嘆きわび空に乱るるわが魂を 結びとどめよしたがひのつま」と、のたまふ声・けはひ その人にもあらず、変はりたまへり。
■現代語訳
「嘆き苦しんで、空にさまよう私の魂をつなぎとめてください。 下前(したがい)の褄(つま)を結んで」という声もしぐさも、葵の上ではなく、別人のようでした。
■鑑賞
葵祭の御禊(ごけい)の御行列に、源氏の君もお供することになり、ご懐妊中の葵の上も、その晴れ姿を見物にお出かけになりました。 葵の上の従者たちは、人目を忍ぶ六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)一行と見物の場所をめぐって車争いになり、乱暴の限りを尽くします。
「こんな未練がましい、惨めな姿を見られてしまうなんて・・」
この車争いの一件以来、御息所(みやすどころ)は屈辱感に人知れず物思いを深めていきました。 一方、出産を控えた葵の上は、物の怪に苦しめられ、お命さえ危ぶまれます。ある時、病床から不意に源氏の君に懐かしげに語りかけてきたその声やしぐさは、葵の上ではなく、御息所とうり二つでした。源氏の君は物の怪の正体が御息所の生霊(いきすだま)と知り、衝撃を受けます。 葵の上は若君(夕霧)をお産みになると、すぐに亡くなってしまいます。 ご懐妊を機に、葵の上との心の隔てもなくなり、ようやく夫婦らしい愛情も芽生えたというのに・・。 源氏の君はその死を悼み嘆きます。 喪が明けた源氏の君は、すっかり大人びた紫の姫君と新枕を交わすの ですが、お兄様のようにお慕い申しあげたのに、と姫君は裏切られた思いです。