【45】名前をつけたのは誰?
今回は源氏物語の登場人物の名前の話題です。
◆作者がつけた呼び名
光源氏という呼び名はニックネームのようなもの
というお話はすでにしましたが、
ほかの登場人物の名前はどうなのでしょう。
源氏の遊び仲間の惟光(これみつ)などわずかな例外をのぞき、
こちらもほとんどが実名ではなくてニックネームです。
その背景には、高貴な人々の名前はおいそれと口にしないという
当時の習慣がありました。
源氏が(強引に)不倫の相手とした伊予の介の後妻は
源氏との贈答歌に空蝉(うつせみ)の語が出てくるのと、
衣を脱ぎ捨てて逃れたことから、
作者紫式部本人が空蝉と呼んでいます。
源氏が廃院で死なせてしまった五条の女君は
源氏に贈った歌に夕顔が詠われているので夕顔。
女性の呼び名は花散里(はなちるさと)や真木柱(まきばしら)など
物語中の和歌から採られたものが目立ちます。
男君を見ていくと、
薫(かおる)は生まれつき芳香を発する身体なので薫。
匂宮(におうのみや)の名は、いつも香を焚きしめているから。
源氏が視覚的な「光」で呼ばれるのに対し、
世代が替わると嗅覚的な呼び名になっているのが注目されます。
◆読者がつけた呼び名
本文中に出てこない呼び名は
いずれも後世の読者がつけたものです。おそらく、
源氏ファン同士で感想を述べあうときの符丁として
短くてわかりやすい呼び名がつけられていったのでしょう。
右大将のさばかり重りかによしめくも 今日のよそひいとなまめきて
やなぐひなど負ひて仕うまつりたまへり
色黒く鬚がちに見えていと心づきなし
右大将のあれほど重々しく気取っている人も
今日の衣装はとても優美で やなぐいなどを背負って供奉なさっている
色が黒くて鬚が多く見え とても好感がもてない
上記は玉鬘(たまかずら)が
のちに夫となる右大将をはじめて見たときの印象。
この一節から鬚黒(ひげくろ)という呼び名が生まれたのですが、
これは後世の読者がつけたものです。
ほかにも朧月夜(おぼろづきよ)、軒端荻(のきばのおぎ)、
秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)、夕霧や柏木、浮舟などが
読者によって名づけられたもの。
夕顔の遺児の玉鬘も、源氏が詠んだ和歌をもとに
後世の読者がつけたものです。
意外なのは源氏の最初の正妻の名、葵の上が
読者の命名だということ。しかし、
「葵」の巻で命を落とし、葵祭(賀茂祭)での車争いが
悲劇の発端となったことなどを思うと、
ほかには考えられないほど適切な命名だったといえます。