源氏物語【5】黒髪のケア〈前〉
今回は平安貴族のヘアケアを見てみましょう。
一日がかりのシャンプー〈前〉
◆丈にあまれる黒髪
平安時代の貴族生活を描いた絵巻を見ると、
女性はみんな超ロングヘア。
絵師が大げさに描いたのでしょうか。
そうではありません、
『源氏物語』にも浮舟の髪は六尺ばかり(180センチメートル)とあり、
末摘花が抜け毛をかつらにするときは九尺あまり(270センチメートル)
あったと書いてあります。
丈にあまれる(身長以上の)長さが理想だったのです。
庶民の女性はそこまで伸ばさず、
活動しやすいように結い上げていました。
しかし貴族の女性は「垂髪(すいはつ)」といって
まっすぐ垂らすのが常識。
電車に乗るわけでも赤信号であわてて走るわけでもないとはいえ、
扱いはたいへんでした。
夜寝るときは枕元に箱を置き、
その中に巻いた髪を入れていたそうです。
寝返りは大丈夫だったのでしょうか。
◆つとめてよりくるゝまで
そんな長い髪をどうやって洗っていたのでしょう。『源氏物語』にはシャンプーの場面が見あたりません。
同じ頃に書かれた『うつほ物語』に女一宮(おんないちのみや)の シャンプーのようすが書かれていますが、 まず最初の一行に驚きます。
宮つとめてよりくるゝまで御髪すます
(うつほ物語 蔵開・中)
それが「つとめて(早朝)」から日が暮れるまでつづいたというのです。
どうしてそんなにかかるのでしょう。現代語にしてみます。
湯帷子(ゆかたびら)を着た宮さまを侍女たちが(湯殿に)お連れする。
洗い終わって高い厨子の上にしとねを敷いて乾しなさる。(中略) 宮の前には火桶を置いて火を起こし、薫き物をくべて匂わせ、 御髪をあぶりながらぬぐってさしあげる。
身長より長い髪は洗うだけでも大仕事。
何人もの女房たちがつきっきりでお世話したのです。
乾かすときは台の上に横になり、 火桶(火鉢)の上に髪を広げて拭い、 香をたいて香りをつけました。
(→後編につづく)