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【68】貴族からのごほうび


今回は目下の者に与える衣の話題です。



◆気前のよい貴族たち


王朝文学には貴族が目下の者に褒美を与える場面がよく描かれます。
気前のよさは貴族の美徳と考えられていたようです。

何か催し物がある場合には絹織物などが人数分用意されますが、
臨時の場合や出先の場合は用意がないため、
着ているものを脱いで与えていました。



宿直人(とのいびと)かの御ぬぎ捨ての
艶にいみじき狩の御衣(おんぞ)ども えならぬ白き綾の御衣の
なよ/\と言ひしらず匂へるをうつし着て
身をはたえ変へぬものなれば 似つかはしからぬ袖の香を
人ごとにとがめられめでらるゝなむ
なか/\ところせかりける(橋姫)


泊り番の下男は(薫が)脱いでお与えになった
あでやかに素敵な狩衣となんとも言えない白い綾織りのお着物の
やわらかく格別よい香りがするのをそのまま着て
身体はほかに変えることができないので 似合わない袖の香りを
会う人ごとに怪しまれたり誉められたりするのが
むしろ気づまりなのだった

宇治の山荘の宿直人は着るに着られない着物をどうしたのか、
物語には何も書かれていません。



◆ごほうびの行先


『源氏物語』より少し古い『うつほ物語』に、
先祖の蔵を守ってくれていた老夫婦に主人公の中納言が
「御衣一襲(おんぞひとかさね)脱ぎ給ひて」
褒美に与える場面があります。



老いの世に見知らぬ香ばしくうるはしき
綾掻練(かいねり)の御衣どもを得て怖ぢ惑ふこと限りなし
すなはち物詣でしたる人見つけて価も限らず取りつ(蔵開・上)


年老いてから見たことのない香りよく美しい
練絹(ねりぎぬ)のお着物をいただいて恐れうろたえることこの上ない
そのとき物詣での人がそれを知って値切ることもなく買っていった

掻練は砧(きぬた)で打ったり
灰汁(あく)で煮たりして柔らかくした絹のこと。
よい香りがするのは香を焚きしめているからで、
貴族という身分を象徴する着物です。
それでは、それを買い取った人は貴族だったのでしょうか。

お金で買ったか物々交換だったかは書いてありませんが、
物詣での人はおそらく庶民で、
着物を市(いち)に持って行って売ったのです。

平安時代の都には古着の市場が形成されていたと考えられ、
中納言の着物は最終的にはどこかの裕福な人物に買われたのでしょう。

清少納言は『枕草子』に、身分の低い人が
高級な着物を着ているのは憎らしいなどとと書いており、
購買力さえあれば庶民でも絹の着物を着られたことがうかがえます。